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2017-07

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平成23年3月11日 - 2012.03.13 Tue

平成23年3月11日
午後2時46分



そのとき、私は職場で仕事をしていました。

今思い出すと、最初、ゴゴゴという、
おそろしい地鳴りが響いたような気がします。

ひどく長い揺れ。

普通の地震なら、1、2分で収まるのに、
収まるどころか、さらに大きな揺れがやってきて、それが止まらないのです。

それでも私は普段からあまり動転するタイプではないので、
となりで呆然としている上司(女性)に注意をはらいながら、
「湯のみのお茶がこぼれちゃうな…」
などと能天気なことを考えながら、様子を窺っていました。

見る間に、キャスター式の机やいす、棚、それから、数百キロある金庫が動きました。
雨どいが壊れて、溜まっていた雨水が窓の外から室内に入ってきました。
書庫の書棚は全部倒れ、ひどい有様に。

外を見ると、アスファルトの道路が音を立てて割れていくのが見えました。

その後も何度も立て続けに余震が起こり、
室内にいるのが耐えられなくなった上司(女性)が
外に飛び出して行き、呆然と駐車場に座りこんでいました。
余震でさえ、座りこまなくてはいけないほどの大きさだったのです。

幸いにも停電にはならなかったので、急いで事務所のテレビをつけると、
丁度、仙台の田畑に津波が押し寄せている映像が映し出されていました。

職場を急いで閉め、まだ揺れが続く中、
私はまず最初に、職場から近い旦那の両親のもとへ車を走らせました。

途中、道が崩壊している場所もありました。
そして、ガソリンスタンドに既に行列ができていました。
(このときは、その後ガソリンが全く入手できなくなるなどとは思わなかったので、
 給油しませんでした。後悔)

旦那の両親の安否を確認。
家の壁にかなり大きなヒビが入り、家じゅうのものが引っくり返っていたのが気になりましたが、
「ここはいいから」という義両親の言葉に頭を下げ、
すぐに自分の両親の安否確認に向かいました。

おそらくこの頃にはもう、海岸沿いの町は津波で破壊されていたのでしょうが、
この時は全く情報が入らず、気づきませんでした。
不幸中の幸いは、私の家も、双方の両親の家も、高台や内陸部にあったことです。
「幸い」などと喜べる気持ちにはとてもなれませんが…

地震直後からずっと、家でひとり留守を守っている銀のことが心配でした。
何か大きなものが倒れて、下敷きになって死んでいたら。
窓ガラス等が割れて、驚いた銀が外に飛び出してしまっていたら。

しかし銀と電話連絡を取れるはずもなく、彼女の安否は不明のまま、
急いで実の両親の家へ駆けつけると、案外平静そうな母が出てきました。

実は、私やこの両親が住んでいる高台は、地盤が固く、
周辺の家々を見ても、その他の地域ほど被害がなかったのです。

ホッとした頃にはもう、あたりは暗くなっていました。
移動しながら妹や友人たちとメールで安否確認。
大事な友人がひとり、大熊町に住んでいたのですが、連絡が全く取れず、
何度もメールを送りました。
それから、旦那にもメールを送りましたが、返信がなく、心配でした。

諸々のことを心配しながら帰宅。
家は、外から見た様子では無事なようでした。

ドアを開けて家の中に入ると、室内もほぼ無事なよう。
DVDが散乱していましたが、これは片づければよいだけです。
電気もガスも水道も大丈夫(水道はこの後止まります)
しかし…

帰宅するとすぐに飛んでくるはずの銀の姿が全く見えません。
探しまわると、コタツの中に、小さく固まった銀の姿が。

よほど怖かったのでしょう。
抱っこして撫でてやると、しがみついてきてはなれませんでした。

夜8時過ぎになり、やっと旦那から無事のメール。
しかしこれから、彼はずっと職場に泊まり込むことになります。
会えたのは数日後。

翌朝になると水が一カ月出なくなるとは知らず、私は通常通り風呂を沸かして入り、
余震が続く中、くっついて離れない銀と一緒に布団に入りました。






平成23年3月11日にUPした記事は、こちら


● COMMENT ●

hyakkaさんの記事を読みながら、自分自身のあの日あの時の事を如実に思い出しました。
私も地震には鈍感な方でめったな揺れには動揺しないのですが、揺れが全然収まらずどんどん強くなっていった時にはさすがに「ただごとではないな」と思いました。
プリ、マヤ、ヒメと同じ屋根の下に居ましたが、先ずは彼らの無事を確認しに走り回りました。
マヤとプリは所定の位置でキョトンとしていて、すぐに無事が確認出来たのですが、ヒメの部屋はひどい事になっていて、アップライトピアノの前面のパネルが吹っ飛んで床にあり、そしてどこ探してもヒメの姿が無いのに冷や汗がほとばしり出ました。
必死に探しまわった結果、家具と床の物凄い狭い隙間でおびえて隠れているのを見つけて、何度も呼んでなだめて出てきてもらいました。

その後余震が何度も来ましたが、所用の為車で外出しましたが、出先で聴いたのは電車が全部とまってるとの事。

その後東京は夜に向けて車が大渋滞を起こし、物質不足、ガソリンが消えるという事態に突入していきます。

決して忘れてはいけない日々の事。
またの更新をお願いします。

あ、銀ちゃんのお写真拝借致しました。
ごめんなさいね・・・。


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現在、頂いたコメントに対して個別のお返事をしておりません。 コメントはひとつひとつ大事に読ませて頂いていますが どうぞご了承くださいますようお願いいたしますm(_ _)m

Author:hyakka
旦那とのふたり暮らしの生活に
喝を入れるべく迎えた
初めての猫に試行錯誤の日々。

【銀】
サビ猫。
2008年9月生まれ(推定)
チャームポイント:あご。
アレルギー持ちと診断されました。

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