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2017-05

平成23年3月12日 - 2012.03.17 Sat

平成23年3月12日



我が家もとうとう断水。

飲み水は、大きいペットボトルひとつのみ。
でも幸いなことに、11日に風呂水を抜かなかったおかげで、
トイレ等の生活用水には困らなかった。

この日、天気は良かった気がする。

福島県沿岸部には福島第一原子力発電所、および福島第二原子力発電所があるが、
地震直後には、これらは安全に停止したとの発表だった。

けれど、朝のニュースでは、福島第一原子力発電所周辺10キロ圏内の住民に
緊急避難指示が出たと発表していた。

私の友人は、当の原発から5キロほどのところに住んでいた。
昨日から心配してメールしているが、全く通じない。

と…

午前10時ごろ、メールの返信あり。
無事だとのこと。ホッとする。
ただ、緊急避難指示が出て、町が手配したマイクロバスで、
町民全員で福島県田村郡都路村へ向かって移動中とのこと。
(この後、事故の拡大により、都路村も警戒区域となる)

この頃、市の広報車が回って来ていたような気がする。
「家から出ないでください」と…
だから、銀とふたり、じいっと家に閉じこもってたっけ。

朝からずっとニュースを見てた。
ニュースでは怖いことばかり言っている。
午後3時過ぎになって、疲れたのでテレビを一旦消した。

母から電話あり。
「病院(原発からほど近い)に入院中の祖母に会いに行く」とのこと。
地震で道路がめちゃくちゃになっているので、気を付けるようにと言って電話を切った。

4時か5時頃。遠方に住む妹から連絡あり。
相変わらずテレビを消してぼーっとしていた私が、母達は祖母のもとへ向かったと伝えると、
血相を変えて、

「まじで?今、ニュースで、原発が爆発したって言ってるよ!」

慌ててニュースをつける。

15時36分、福島第一原子力発電所1号機爆発。建屋損傷。
16時半ごろ、爆発音。

急いで両親の携帯に電話。
ニュースを知らなかった両親は、病院のすぐ手前まで行ったようだ。
ただ、病院の前の道路が崩れ落ちていて、祖母には会えず、
祖母の安否も不明のまま。
(停電および断線で、病院の電話が使えず、病院と連絡は取れなかった)

19時過ぎ、避難指示区域が半径20キロに拡大。

原発の爆発の際、作業員が数名負傷している。
実は原子力発電所に、知り合いの知り合いが数人勤めている。
この時ケガしたり、被曝した人も、他人ではない。

この日も旦那は帰れず。
何を食べたか覚えていないが、確か、
おにぎり一個とかでとりあえず空腹を満たした気がする。
銀のごはんの買い置きがなく、もってせいぜいあと5、6日だろうと思う。

銀とふたり、寄り添って寝る。






実際に平成23年3月12日にUPした記事は こちら

平成23年3月11日 - 2012.03.13 Tue

平成23年3月11日
午後2時46分



そのとき、私は職場で仕事をしていました。

今思い出すと、最初、ゴゴゴという、
おそろしい地鳴りが響いたような気がします。

ひどく長い揺れ。

普通の地震なら、1、2分で収まるのに、
収まるどころか、さらに大きな揺れがやってきて、それが止まらないのです。

それでも私は普段からあまり動転するタイプではないので、
となりで呆然としている上司(女性)に注意をはらいながら、
「湯のみのお茶がこぼれちゃうな…」
などと能天気なことを考えながら、様子を窺っていました。

見る間に、キャスター式の机やいす、棚、それから、数百キロある金庫が動きました。
雨どいが壊れて、溜まっていた雨水が窓の外から室内に入ってきました。
書庫の書棚は全部倒れ、ひどい有様に。

外を見ると、アスファルトの道路が音を立てて割れていくのが見えました。

その後も何度も立て続けに余震が起こり、
室内にいるのが耐えられなくなった上司(女性)が
外に飛び出して行き、呆然と駐車場に座りこんでいました。
余震でさえ、座りこまなくてはいけないほどの大きさだったのです。

幸いにも停電にはならなかったので、急いで事務所のテレビをつけると、
丁度、仙台の田畑に津波が押し寄せている映像が映し出されていました。

職場を急いで閉め、まだ揺れが続く中、
私はまず最初に、職場から近い旦那の両親のもとへ車を走らせました。

途中、道が崩壊している場所もありました。
そして、ガソリンスタンドに既に行列ができていました。
(このときは、その後ガソリンが全く入手できなくなるなどとは思わなかったので、
 給油しませんでした。後悔)

旦那の両親の安否を確認。
家の壁にかなり大きなヒビが入り、家じゅうのものが引っくり返っていたのが気になりましたが、
「ここはいいから」という義両親の言葉に頭を下げ、
すぐに自分の両親の安否確認に向かいました。

おそらくこの頃にはもう、海岸沿いの町は津波で破壊されていたのでしょうが、
この時は全く情報が入らず、気づきませんでした。
不幸中の幸いは、私の家も、双方の両親の家も、高台や内陸部にあったことです。
「幸い」などと喜べる気持ちにはとてもなれませんが…

地震直後からずっと、家でひとり留守を守っている銀のことが心配でした。
何か大きなものが倒れて、下敷きになって死んでいたら。
窓ガラス等が割れて、驚いた銀が外に飛び出してしまっていたら。

しかし銀と電話連絡を取れるはずもなく、彼女の安否は不明のまま、
急いで実の両親の家へ駆けつけると、案外平静そうな母が出てきました。

実は、私やこの両親が住んでいる高台は、地盤が固く、
周辺の家々を見ても、その他の地域ほど被害がなかったのです。

ホッとした頃にはもう、あたりは暗くなっていました。
移動しながら妹や友人たちとメールで安否確認。
大事な友人がひとり、大熊町に住んでいたのですが、連絡が全く取れず、
何度もメールを送りました。
それから、旦那にもメールを送りましたが、返信がなく、心配でした。

諸々のことを心配しながら帰宅。
家は、外から見た様子では無事なようでした。

ドアを開けて家の中に入ると、室内もほぼ無事なよう。
DVDが散乱していましたが、これは片づければよいだけです。
電気もガスも水道も大丈夫(水道はこの後止まります)
しかし…

帰宅するとすぐに飛んでくるはずの銀の姿が全く見えません。
探しまわると、コタツの中に、小さく固まった銀の姿が。

よほど怖かったのでしょう。
抱っこして撫でてやると、しがみついてきてはなれませんでした。

夜8時過ぎになり、やっと旦那から無事のメール。
しかしこれから、彼はずっと職場に泊まり込むことになります。
会えたのは数日後。

翌朝になると水が一カ月出なくなるとは知らず、私は通常通り風呂を沸かして入り、
余震が続く中、くっついて離れない銀と一緒に布団に入りました。






平成23年3月11日にUPした記事は、こちら


あの日から一年 - 2012.03.11 Sun

一年前の今日、午後2時46分。

あの地震が発生しました。

東北地方太平洋沖地震。
震災の名称、東日本大震災。

モーメントマグニチュード 9.0
気象庁マグニチュード 8.4

日本観測史上最大の地震。

私が住む場所では、震度6弱(場所によっては震度7)を記録しました。

震災に伴う津波、
それから原発事故。

この一年は、長かったような、短かったような、
変な気持ちがすると思っていましたが、
思いかえすと、やはり長かったような気がします。

まだ一年しか経っていないのか、と…

震災直後はずっと頑張っていましたが、
震災を半年ほど過ぎたあたりから、どうも、
なんとなく無気力になっている自分に気づいていました。

けど、もう震災から一年だし、
自分の気持ちに区切りを付けないといけないと思うので。

今日からしばらくの間、
震災の時のことを、記憶をたどりながら、
つづっていこうと思います。

毎日UPはできないと思いますが、
しばしお付き合い下されば幸いです。

水が安かった - 2011.08.04 Thu

地震の記事では沢山のコメントありがとうございました。

ツイッターでも心配して声をかけてくださる方がいて、
猫好きってだけでいろんな方と繋がれてホント幸せだなあと感じております。

こないだの地震、結構大きかったので、
ビックリした猫さんも多かったみたいですね。
本当にもうそろそろ、日本列島も落ち着いてくれるといいんですが。


***


さてさて。
最近ハッキリしない天気が続いていましたが、
今日は少し晴れ間がのぞいています。

でもまた台風が来てるんでしょ?


CIMG4924.jpg


コインランドリーに行ったついでに、
水が安かったので箱買いしました。

おひとり様2箱までだったけど、
乳幼児などがいない我が家は、1箱だけにしときました。

水道水、放射性物質の影響はほぼないという発表ですが、
こちらは普通に生活してるだけでも結構取りこんでしまってると思うので、
気休めですが、せめて水は買って飲んでます。

昨日のNHKのニュースでも、
福島の全県民の健康調査について放送してましたが、
私の所に通知が届くのはいつごろなのかな。

健康調査、してくれるのは勿論ありがたいことだし、
政府責任でちゃんとしなくちゃダメだと思いますが、
一方で、
「健康調査って結局はデータ収集みたいなものだし、
 放射医学研究者にとってみれば、
 私たちってモルモットというか研究の資料みたいなものなんだろうなあ」
と、ちょっと寒々しい気持ちになる部分もあるんですよね。

まあ、外国からすれば、
今回こんな大規模な原発事故を起こした国の国民全体が、
研究資料みたいなもんなのかもしれませんが。

それはともかくとして、
福島だけじゃなくて他の県でも線量が高いところがあるし、
そういうところはちゃんと調べた方が良いんじゃないかなあ、
などと思ったりしています。

地震 - 2011.07.31 Sun

まずは前記事のコメントへのお返事から。

sallyさん、union-jackさん、
そうなんですよ、とうとうツイッター始めたんですよ。
思ってたより面白いツールでした。
銀の食欲、このまま落ちないままだといいんですが。

ぴなたさん、銀も去年は食欲にムラがあったんですが、
今年は涼しいせいかモリモリです。
あんまり食べすぎるのもちょっと不安…。

森本レオさんじゃなかった、霧隠錆蔵さん、
お互いモリモリ食べて夏を乗り切りましょうね~
森蘭丸でした。

fm_nekonekoさん、夏は痩せるよりちょっと太った方が良いみたいですよ、
体力は大事ですからね。
銀も体重測ってないので、太ったかもしれないです。

エア下僕さん、めんごい?うふ、ありがとう。
うちでもいつも、
銀のこと「めんこめんこ~」って言いながら撫でてますよん♪(親バカ…)


***


さて、今朝は大きな地震がありました。

寝てる時に地震があっても大抵起きない私たちですが、
今日の地震はかなり大きくて、
地鳴りもしたので、ビックリして飛び起きました。

急いでテレビを付けると、こちらの地方は
震度5強および5弱
とのことでした。

とりあえず、津波の心配がないって知って、一安心。

また水道が止まったら最悪だなあ、と思いましたが、
ライフラインその他への影響はほとんどありませんでした。

銀は、ここのところ、
私の布団で一緒に寝ているのですが、
今日の地震のとき、家じゅうガタガタと揺れてる間も、
私の横で
ぼーっとしてました。

3月11日以降、毎日のように地震に耐えてきた銀。
すっかり地震慣れしてしまったようです。
隠れるどころか、驚くことすらしねえ。
私たちが別の部屋でニュースを見てる間も、
「ねえ、銀ちゃん、眠いんだけど…」
っていう顔で、のたのた歩いてきて、
私の膝によじのぼって丸くなってました。
緊張感ゼロ。
地元の高速道路が閉鎖されたほどの地震だったっていうのに。


CIMG4910.jpg


鼻の頭にゴミを付けても気がついてません。

銀の将来が少し心配になった私たちなのでした。


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プロフィール

現在、頂いたコメントに対して個別のお返事をしておりません。 コメントはひとつひとつ大事に読ませて頂いていますが どうぞご了承くださいますようお願いいたしますm(_ _)m

Author:hyakka
旦那とのふたり暮らしの生活に
喝を入れるべく迎えた
初めての猫に試行錯誤の日々。

【銀】
サビ猫。
2008年9月生まれ(推定)
チャームポイント:あご。
アレルギー持ちと診断されました。

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